20110707

HIV&AIDS..

今日任地において、学生へ向けてのHIV&AIDSの啓発活動がRED CROSSより行われた。RED CROSSの活動内容や設立経緯、HIV&AIDSに関する知識・予防法、VCTの設置、コンドームの正しい使用法など一日に渡ってイベントが行われていた。
どこの国がなどと限定してい言えるわけではないが、HIV&AIDSが深刻な問題のケニア。地域によっては感染者の数が25%に近いところもあるそうだ。現在、そんな状況を変えるために約20名近くの隊員が、エイズ対策のための隊員として主にケニア西部へ派遣されている。そのほかにも世界各地からボランティアやボランティア団体、NGO、NPOなどがHIV&AIDSの予防啓発のためにここケニアで働いている。海外からの支援などもしかり。国内においてももちろんの事、予防啓発のために働いているケニア人はとても多い。

日本においてはボランティアやNGO、NPOでの予防啓発などのための活動は、職業としてあまり認識されていないような節があるが、ケニアではそれがきちんとした職業の一つに入ってしまっているように思う。聞いた話であったり受け売りが多いので確かな事は言えないが、専門的な知識がない自分でさえも、HIV&AIDSに関するたくさんの活動が、職業であるのと同時にひとつの産業になってしまっている気がしてしまう。世界では貧困に喘ぐ国やHIV&AIDSが大きな問題として残っている国が多くある中で不謹慎な発言かもしれないが、今の自分おううが思う事を素直に書いてみたいと思う。

上にも書いたようにHIV&AIDSの予防啓発または治療のために、国外からたくさんの人材・物資の支援が入っているケニア。汚い話だがお金に換算してみたらそれがいったいどのくらいの額になるかは計り知れない。国の財政に与える影響も大きい。またそれが全てなくなってしまった時などもきっと国には計り知れないほどの影響あるだろう。
だが決してそれが悪い事ではない。実際に多くのケニア人がそのおかげで生計が成り立っている。それに人は生きていくために働いているのだから。

しかし、どうしてもどこかで違和感を感じてしまう。その方向性にブレが生じている部分が少なからず見えてしまうからだ。

支援金や支援物資をピンはねして横領する人、そのまま懐へ入れる人、売る人。海外からの支援で設立した団体で、でっかい椅子に座って給料を貰う演説だけはうまいおじさん、おばさん。国からの補助金、または海外から支援のために数値を水増しするおじさん、おばさん、お兄さん、お姉さん。

もちろん少数ではあるが、どうしてもそういった部分が目に付いてしまう。気になってしまう。どうしても蟠りを覚えてしまう。
人は生きるためにずる賢さも必要だ。だけどやはり芯の部分では善を望んでいるような気がしてしまう。他人にでさえもだ。善のための生き方であってほしいと。

自分がそんな全うな生き方をしているわけではないのでそんな偉そうな事は言える立場ではないが、ボランティアとしてケニア人と一緒にケニアの土地で働いている自分としては、おせっかいであるかもしれないがそうあってほしいと願うのだ。本当は善の気持ちを心の奥の方でしっかり持っていてほしいと。

こうやって書いているとなだかケニア人がとってもさばさばしたような人種に思えてしまうが、まったくもってそんなことはない。とても愛情深い暖かい人々だ。COOLなんて言葉はまったく似ても似つかない。正直鬱陶しいほどだ。だがびっくりするほどにサバサバもしている。その切り替えの早さによく驚いてしまう。
人間はとても好きだが気にしないものは気にしない、言葉にするならきっとそんな人種であるような気がする。



ケニアに来て、ケニアのために、、、というか今自分に何ができるのだろうかとよく考える時がある。

 だが結局はここはケニアなのだ。物事にどんな蟠りがあっても、ケニア人がケニアのためにケニア人の手でケニアを動かさないとなんの意味もない。
今の自分にできるのは、今の自分が持っている知識や経験を少しでも多く伝える事。きっとそれしかできない。それをどう生かすかはケニア人次第。結果は中々見えない作業だが、その分未来の可能性は大きい。とても楽しみな仕事でもある。きっと協力隊ってそういう仕事なのかなと最近思い始めてきた。

頭で考えるととっても難しい問題。だから手を体を動かしてみよう。


さて、明日はキスムへ学生と一緒にschool trip。楽しみだ。


























































20110705

ケニアノヤサイタチ

ケニアに来てから約1年3ヶ月。気付けば折り返し地点を過ぎている。何気ない日常がどこかゴールへ向かっているのかと考えると、少し寂しさを感じてしまう。小さな事にも目を向けて生活してみよう。






 玉葱


 ピーマン

 色、形、大きさ、味、どれもやはり日本のものとはどこか違う。けれど売っている野菜の種類は日本とほとんど同じ。そう考えると地球にある野菜がおんなじ畑で育っている感じがする。どれも自然の力で育てられている。いつの日か、人類で始めて野菜を食べたであろう先祖に会ってみたい。どうして食べたんだろう。はたしてどんなリアクションをしたんだろう。 気になる。

20110628

Italian..

委員会のため上京中のナイロビでのヒトコマ。高級イタリアンレストランでのディナー。

ウマシ。

20110618

sunflower

いつぶりだろうか。旅先で向日葵を見ることが出来た。底なしに澄んだケニアの青い空にまっすぐに、信じられないほど大きく育っていた。













20110612

キョウハニンチデ・・

ここ最近、週末になると配属先の学校のグラウンドで何かとイベントがある。今日はと言うと、地元のスーパーマーケットが主催の市民マラソン大会が行われた。
忙しい忙しいとよく言うが、忙しそうなとこなどめったに見ないケニア人。イベント事があれば仕事そっちのけで参加。ケニア人いわくそれが仕事なのだ。
今日は休日ということもあり、どこにそんなに人がいたのかというほど人が集まっていた。マラソンに参加していたのはほとんどが20代の男子。ほとんどの目的はもちろんのごとくタイムのためではなく 、上位の賞金や名声のため。聞こえは悪いが、体ひとつで稼いでやろうとある意味純粋な目的である。
日本ではスポーツのプロでやってくというのはあまり現実的ではないが、ここケニアでは成り上がるためのひとつの貴重な手段である。参加する選手はみんな大真面目なのだ。


彼も参加選手の一人

 うちの建築科の生徒。入賞はできなかったみたいだが、走り終えてとても充実した顔をしていた。スバラシイ!!



さてそんな毎週のようにあるイベントだが、そのイベントの度にとっても不思議な商売をするおじさま方がいる。



 この人だかりと、壁に貼ってある写真達。お分かりだろうか。このおじさんの職業。それは写真屋さん。職業自体はいたって普通だが、その商売のスタイルが日本とは少し変わっている。
この写真屋のおじさんの商売方法、それは、、、
まず走っている選手やらその辺の人々を自分のカメラで勝手に撮影 ⇒ それをすぐさま本人の意思に関係なく現像 ⇒ 壁に貼り付けて販売。
本人が写真買わなかったら現像代はどうするの?と思ってしまうが、カメラや写真がそんなに普及していないケニアでは皆買っていくのである。さすが写真大好きのケニア人!とてもいい発想!
そんな、日本ではあんまり考えられないようなサイクルで商売が成り立っているケニア。だがイベントの度に、よくないサイクルも生まれてしまう。


それが”ゴミ問題”。どんなイベントでもイベント後会場はゴミだらけになってしまう。日本においてもある程度同じ問題はあるだろうが、ゴミ箱を設置していたり、ポイ捨てしないよう呼びかけたり、ゴミで汚さないような努力はされているはずだ。
残念ながらケニアでは、そんなものはまったく行われない。元々彼らの概念に”ゴミ”というものが存在しないのである。
歴史を辿れば、自然と共存していたような民族である。海外から入ってくるたくさんの”モノ”は生活を驚くほど豊かにさせたが、その”モノ”のきちんとした活かし方、”ゴミがでる”そしてそれを”処理しないといけない”という教育までは、彼らの中には入ってこなかったのである。
日々凄い勢いで成長していくケニア。例えるなら小学生の持久走大会のようなものだ。ただただゴールに向かって走ってしまう。本当に勝ちたいのならば、一流のマラソンランナーのように自分の体力と相談しながら自分自身をマネージメントしなければならない。そしてそれをきちんと教えてくれるコーチの存在もとても重要だ。がむしゃらに走るだけではいけない。

そんな彼らに色んな物事に対応できる体力をつけてもらう。それが今の僕のここでの仕事だ。マネージメントまでする事は難しいが、どんなコースにも耐えられるような体力を、自分ができる範囲でつけさせることができれば。子供達が夢見れるような素敵な未来のために


















20110610

ゼッピンヒヤシチュウカ


ミーティングのために上京していたナイロビで、なんと冷やし中華を食べる事ができた。場所はナイロビの語学学校として知られる”JACII”こと日本アフリカ文化交流教会。前日、偶然に前を通りかかった際に校長先生にお誘いを受けたので、お言葉に甘えてご馳走になってきました。
もう絶品!ナイロビ市内にもいくつか日本料理屋はあるが、日本人がこだわって作る日本料理にはかないませんね!
先生、ありがとうございました。